海馬神経回路と記憶形成

関野祐子 群馬大学大学院医学系研究科高次細胞機能学

現職:東京大学医科学研究所神経ネットワーク分野・准教授

e-mail: yukos@ims.u-tokyo.ac.jp

 

 ヒトの海馬体・海馬周辺皮質に器質的障害を持つ患者の症例研究から海馬が記憶の形成を担う部位であることが強く示唆されるようになって、かれこれ50年が過ぎようとしている。その事実を手がかりに、海馬体・海馬周辺皮質と記憶との関連については多くの研究がなされ、記憶の階層構造と解剖学的な神経結合との対応関係なども含めて幾つかの作業仮説が提唱されてきている。臨床研究における心理実験のデータについては実験法やその解釈などをめぐり、激しいディベートが繰り広げられているのが現状である。こうした臨床観察に基づく記憶の分類や定義の議論は抽象的であるため、海馬体・海馬周辺皮質でおこなわれている具体的な情報処理アルゴリズムを明らかにするための実験科学的研究の手法や方向性を左右するような示唆を得るのは難しいかもしれない。しかし、これらの議論の中から、記憶情報処理にとって重要かつ本質的な要素を抽出することが重要である。たとえば、エピソード記憶障害の症例の中には、どうも覚えることそのものの能力は残っているようなのであるが、因果関係や前後関係がわからなくなるために記憶障害と診断されている例があるという。こういう例からは、個人の経験の記憶が、ただ単に事実の記憶だけで成り立つのではなく、時間経過(前後関係)の記憶の要素が加わることで出来事として認識されることがわかるのである。そして、どのような神経回路でどのようにして時間の前後情報をコーディングしているかを研究することの大切さが浮き上がってくる。

 ある種の記憶にとって海馬という構造が重要であることは間違いなさそうであるが、どのような部位と相互作用しながら記憶を形成するかについては、これまで解剖学的な線維結合から類推しているに過ぎなかった。しかし、これに関する情報は近いうちに集まるに違いない。なぜならば、近年の非侵襲的脳機能画像装置(ブレインイメージング装置;PET, fMRI など)の技術的開発が急速に進んでおり、装置の普及がめざましいからである。脳機能の障害部位の迅速な解析が可能となった上に、脳機能障害患者のみならず健常者による脳の活動部位の研究が精力的に始められている。ただ、機能検査のためのパラダイム、画像装置の時間空間分解能の限界、微弱な信号の検出のために行う信号処理方法、脳マップの個人差を補正する標準化方法、同一被験者での活動部位の変動など解決しなくてはならない問題は山積みである。データの解釈には、本質を見極める能力が問われるであろう。

 さて、日々の出来事の記憶の障害はヒトの生活を困難にする。このような記憶障害をどのようにして治療克服したらよいのかを見出すためには、動物実験を通じた詳細なメカニズム研究が必要である。実験動物を用いた記憶研究の中でもっとも進展しているのは、シナプス可塑性の分子メカニズムに関する研究である。40年前にウサギの海馬シナプスで発見された伝達効率の長期増強という現象は、神経回路の最小単位である興奮性シナプスにおける記憶の痕跡である。この現象は海馬で初めて発見されたため、海馬が記憶情報処理を担う部位であることの証拠として扱われていた時代もある。今では、脳のどの部位でも観察される興奮性シナプスに共通した性質であると考えられている。あるシナプスを繰り返し刺激したときに起こる伝達効率の増加がどのメカニズムで起こるのか、電気生理学、生化学を含め盛んなアプローチがなされたが、分子生物学と遺伝子工学の技術が神経科学分野に導入されたことにより、記憶の分子メカニズムに関するアプローチがあっという間に進んだ。シナプスでの情報伝達に関与するタンパクに関するしては、さまざまな遺伝子改変マウスが作られており、シナプス機能変化や行動変化に関して網羅的な研究が精力的になされている。これらの研究成果を通じて、シナプス可塑性が本当に記憶を担う基本的現象であるのかと言う問いに対する答えが得られるであろう。ただ、記憶分子が見いだせるというような幻想はもはや持たれなくなってきたに違いない。長期増強と記憶の関係が明らかになっても、記憶の神経機構のメカニズムが完全に解明されたとはいえない。長期増強以外にまだ明らかになっていない記憶情報処理に関わる電気生理的な現象があるに違いない。長期増強のように電気生理学的に追試が容易な実験モデルを見出すことが待ち望まれる。

このように、ヒトを対象とした臨床的研究とシナプス可塑性に関する分子レベルの研究が、現時点での記憶のメカニズム研究の双璧である。当初は「海馬」をキーワードとして両者の距離は近かったようであるが、情報が膨大になるにつれ、双方の研究の方向性に隔たりが出てきているように思う。今後我々に求められているのは、これらの双璧をつなぐ研究であると、私は考えている。私自身は、スライスを用いた海馬局所回路の研究を通じてえられた作業仮説をネズミの行動実験に応用して研究を行っている。皆さんは、どのような研究がその橋渡しとなると考えるであろうか。このセミナーを通じて、何らかのインスピレーションを感じていただけることを、望んでいる。

 

1.記憶の過程

  大脳損傷で見られる記憶障害の症例についていろいろと知りたい場合には、「記憶の臨床」(浅井、鹿島編:臨床精神医学講座s2 中山書店 1999)と、「記憶の神経心理学」神経心理学コレクション(山鳥著 医学書院 2002)をお薦めする。特に「記憶の神経心理学」は、臨床神経心理学の立場から統合的にまとめられた本であり、とても読みやすい。この本の著者・山鳥は、記憶を「新しい経験が保存され、その経験が意識や行為のなかに再生されること」と定義している。ここでいう「経験」というのは、個体が新しい情報の入力を受けるということであると定義している。国語辞典で「経験」を調べると、「直接触れたり、見たり、実際にやって見ること。またそのようにして得た知識や技術」とあり、通常我々が使う経験と言う言葉の中にはすでに記憶の要素が入っている点が異なる。また、「経験が保存される」と言うのは、通常我々は覚えているとか、知っているという言葉で表現していることである。覚えているとか、知っているということは、客観的に判断する事が難しい。本人ですら、古い記憶をいつも認識しているわけではなく、何かの拍子に突然に思い出して覚えていたことに気がつくというようなこともあるからである。しかも経験は非常に個人的なもので、実は他人には本当のところがわからない。記憶能力の判定にはこのような困難さがある。臨床心理学の立場では、保存されている記憶をいかにして客観的に確認するかが重要となる。そのため記憶の定義には、「意識や行為に再生される」こと、すなわち、話して説明できるか、行為として行うことが出来るかがことさら重要である。

 正常な記憶プロセスには最低でも3つの過程が含まれている。情報の入力(registration, encoding)、保持(retention, store)、再生(recall, retrieval, decoding)である。同じ3過程でも、保持の過程の代わりに  consolidation(強化)を当てはめている場合もある。実験科学として解明するべき問題点は、(1) それぞれの過程にはそれぞれ独立した神経回路が関わっているのか。(2)入力情報がひとたびコード化されると、記憶が安定化するまで同じコードがそのまま保持されているのか。(3)記憶再生時には入力時と同じコーディングパターンが再現されるのであろうか。などである。

 

2. 記憶の分類

 さて、海馬と記憶を考える前に、記憶の分類にふれておこう。認知心理学の分野では分類は非常に重要であり、定義づけや特徴づけが精力的に行われてきた。しかし、分類法は一つではないうえに、説明できない症例が現れると直ちに訂正、再編成される。その詳細を把握して、議論に追従していくことは分野外の人間には難しい。ただ、1990年代には記憶の種類はほぼ出揃っており、最近は共通の言葉を用いての議論がなされるようになってきた。しかし、記憶の種類の分類法については統一的な結論は出ていないのが現状である。それは心理テストの解釈を統一することの難しさに起因する。従って、我々がサルやネズミなどを用いた行動実験で記憶野分類に関して言及するときには、ヒトの記憶とどこまで比較検討が可能なのかを慎重に議論しなければならない。

 この章では、記憶に関するキーワードとなる分類とその定義を説明する。 一般に広く引用される記憶の分類には2種類ある。記憶の保持時間に基づく分類と、内容に基づく分類である。

 

2-1 短期記憶と長期記憶

 過去を回想する場合、現在から過去に向かう時間の長さにより記憶を分類すると、即時記憶(immediate memory)、近時記憶(recent memory)、遠隔記憶(remote memory)となる。即時記憶は、5分程度前に提示された数字系列をすぐに暗唱出来るような、ほんの数秒から数分前の事柄に対する記憶である。近時記憶とは、数時間から日や月の単位で覚えているもので、遠隔記憶は、数ヶ月から数年間、時には一生涯残る記憶である。これらの3つを、短期記憶(short-term memory)、長期記憶(long-term memory)、長期持続性記憶(long-lasting memory)とすることもある。どのくらいの時間で分けるのかという明確な境界はないので、大きく短期記憶と長期記憶として議論することが多い。古くは、一旦短期記憶にとりこまれた情報が時間をかけて徐々に長期記憶に移行するという連続したプロセスを経て記憶が安定化すると考えられていた。この考えは、すでに100年前にconsolidation hypothesis(短期記憶が時間をかけてゆっくりと強化され長期記憶が形成されるという仮説)として提唱されている。その根拠は、ある課題を学習した直後に別の課題を提示すると、初めに提示された課題が記銘されないと言う事実である。その後半世紀ほどたって、ネズミに逆行性健忘を生じさせた実験報告がなされて、取り込んだ情報が長期記憶に安定化するまでにはある程度の時間を要することが示された。短期記憶がなければ長期記憶も出来ないという考え方はわかりやすく、長い間受け入れられていた。ところが、1969年にWarringtonが報告した症例K.Fの例では、聞いた数字をすぐに繰り返す即時記憶に強い障害があったにもかかわらず、他の認知能力は正常であった(Warrington EK and Shallice T,  Brain 92  885-896, 1969)。もしも、短期記憶と長期記憶が連続した過程であるならばこの症例を説明できないので、短期記憶と長期記憶との時間的連続性に関する考えは見直されることとなった。動物の行動実験では、薬物を用いて短期記憶と長期記憶を選択的に強めたり弱めたりすることに成功し (Izquierdo I, et al. Behavioural Brain Research 103 1-11, 1999)、長期記憶の形成が短期記憶に依存しない可能性が示唆された。現在では短期記憶と長期記憶は、並列に機能している独立したシステム(神経回路、神経伝達物質、情報伝達系)により形成されると考えられている(McGaugh JL, Science 287 248-251, 2000; review)。

 短期記憶の多くのものは何らかの形で消去される。長い間記憶に残るような経験をした場合でも、経験した直後の方が情景を詳細に覚えていることから、長期記憶される情報は選択されていることがわかる。短期記憶と長期記憶のシステムが初めから並行して走る別々のシステム基盤で成り立つならば、すぐに忘れてもいい情報と長く覚えている情報とを選別する機構があると考えなければならない。

 

2-2 繰り返し学習による記憶と、一回の経験による記憶

ところで、我々はどんなものを長い間覚えていられるだろうか。何度も繰り返した場合や、驚いたり感動する場合である。この二つは同じ長期記憶でも記憶を定着させるメカニズムは異なることが予想される。

現在、一回の経験を長期記憶に強化する役割を果たしているのは扁桃体であろうと考えられている(McGaugh, TRENDS in Neuroscience, 25, 456-461, 2002)。伝達物質としてノルアドレナリン、アセチルコリンなどの神経修飾物質の関与も考えられている。これらの瞬時記憶定着システムが情報入力プロセスに働きかけると、情報を長期記憶システムに転送するように作用するのかもしれない。一方、繰り返して覚える場合には、時間をかけて長期記憶に情報を送り込むわけであるが、一度で覚える場合と同じ回路を使うのであろうか。それともまた違う回路が存在するのであろうか。また、記憶の種類は同じでも記憶内容の違いによって、回路は別々に用意されているのであろうか。疑問は尽きない。それぞれのシステムの実態と、システム間相互作用を解明することは、今後の記憶研究の重要な課題である。fMRIの技術進歩は、ヒト脳で活動が盛んな領域を同定することを可能にしたので、記憶における脳部位の相互作用のデータが今後蓄積するであろう。動物実験で脳全体の神経活動を捉えるために、神経活動の上昇に伴って発現するcFosタンパクを指標に使う方法がある。この方法を用いると、脳全体の活動の相互関係を知ることが出来る。様々な学習実験でcFos 陽性細胞の分布パターンを調べたり、脳局所破壊によるcFos陽性細胞の分布のパターン変化を調べるなど、様々な組合せの実験が可能である。

 

2-3 陳述記憶と非陳述記憶

 次に、記憶をどのように再生するかで、大きく「陳述記憶」と「手続き記憶(非陳述記憶と言う場合もある)」に二分する分類がある。現在この分類が最も多く教科書に引用されている。記憶の内容が意識にのぼりイメージとして再現できて陳述することができる場合を「陳述記憶」と言う。これとは対照的に、意識の中に再現されなくとも自然に身体が動くという行為により覚えていることが再現できる場合を「手続き記憶(非陳述記憶)」という。陳述記憶をさらに意味記憶とエピソード記憶に分ける分類(Squire & Zola-Morgan; Memory and Brain; Oxford University Press, 1987)が一般的である。

 

2-4.意味記憶とエピソード記憶

 さて、Squire & Zola-Morganによる分類がなされる以前には、意味記憶とエピソード記憶という2分化がなされていた。もともと意味記憶(semantic memory)とは、Tulvingがエピソード記憶(episodic memory) から分離して定義したものである。意味記憶は知的記憶ともいわれ、知識と言う概念に近い。エピソード記憶とは、わかりやすく言えば日々の生活の記憶であり「どこで、誰と、何を、どのように、どうした」についての記憶である。

 意味記憶とエピソード記憶の概念の違いを、「お母さん」を例にあげて説明しよう。「お母さん」という言葉を知っていることは意味記憶である。子供がお母さんと言う言葉を知るには、「お母さんがごはんを作ってくれた。」「お母さんに怒られた。」「お母さんが優しくしてくれた。」などの、たくさんのエピソードの中に共通して登場する属性として、お母さんと言う意味を覚える。意味記憶は、知識であり、「あること(事実・事柄)を知っている; know facts 」と言う表現が使われる。一方、エピソード記憶には「ある出来事を覚えている;remember events」という表現がとられる。一回の出来事には、起こった時間・場所・感情など、その出来事を特徴づけるいくつかの情報が備わっている。これらの付帯状況を含めた記憶がエピソード記憶である。

 意味記憶には、エピソード記憶の持つ個人的な情報、すなわちそれを体験した時の感覚や、時間や状況などの要素はなくなっている。このように、意味記憶とエピソード記憶とは明らかに質的に違うものを定義している。では、これらを分離して考えることはどこまで可能なのであろうか。繰り返しのエピソードの中から、意味記憶を抽出するという考えも納得がいくし、一方で意味記憶がなければエピソード記憶も成立しないというのもわかる。つまり、それぞれの記憶の成立にはこれら二つの記憶に相互作用があることは否定できない。意味記憶とエピソード記憶の成立をどのような階層構造で捉えるかが、議論の的になっている。この議論は、海馬の機能分化との関連にも話が及ぶので、また後述することになる。

 ところで、エピソード記憶の情報の中には、構成要素と文脈が含まれることが知られている。劇に例えれば、登場人物が構成要素で、登場人物による細かなストーリー展開が文脈である。健常者でも構成要素は覚えていても、文脈を忘れることがある。従って、これらの記憶はそれぞれ別のメカニズムが基盤となっている可能性がある。構成要素は意味記憶であり、文脈はエピソード記憶にほぼ対応すると考えられるので、意味記憶とエピソード記憶にはそれぞれ別の神経基盤があることを示唆している。ところで、最近の動物実験でよく使われる言葉にcontextual learning (文脈記憶)と言う言葉がある。Fear Conditioning実験などで、ネズミが電気ショックを受けたときの周りの状況(空間情報)や電気刺激に先行する音や光の情報を記憶しているかどうかを調べる場合によく使われる用語である。

 

2-5 ワーキングメモリー

 ワーキングメモリーは、海馬機能との関係は薄いとされるが、記憶を考える上で重要なキーワードであるので、ここで触れておく。

 ワーキングメモリーと言う言葉が使われるようになったきっかけは、短期記憶が長期記憶のために存在するのではないことが示唆されるようになってから、短期記憶は何のために存在するのかと言う問いが投げかけられたことに始まる。様々な認知活動(会話や文章の理解、判断など)を行うには、さっきまで何をしていて、今何をしているのか、また、次に何をすべきかを覚えている必要がある。短期記憶は、従って、ヒトの日常生活の認知活動に必要な情報を保持するためのワーキングメモリーとして機能すると言われていた。しかし現在では、ワーキングメモリーという言葉をもっと範囲をせばめた形で使っている。

 特に実験生理学の分野で使うワーキングメモリーという言葉は、動物が報酬獲得のために一定時間の間先行刺激に関する記憶を保持していることをいう。つまり、ある認知課題の遂行に必要な情報を、必要な期間だけ能動的に貯蔵するメカニズムがワーキングメモリーである。ヒトやサルではワーキングメモリーに海馬機能が関与するとの報告はない。ところが、ラットでは、背側海馬と前頭葉眼窩皮質の間の機能的な結合が8方向放射状迷路での空間課題遂行のワーキングメモリーに関与しているとの報告がある(Wall PN & Messier C, Behavioural Brain research 127, 99-117 , 2001; review)。

 

3 海馬が担う記憶

さて、やっと本題の「海馬と記憶の関係」に話が進む。海馬・海馬傍回の損傷と記憶障害との関連が初めて記載されたのは1900年のことであるが、現在のように注目され始めたきっかけは、Scoville & Milner (J Neurol Neurosurg Psychiatry 20, 11-21, 1957)による症例HMの報告である。それ以来、海馬が記憶に対して担う役割について、ヒトの臨床研究だけでなくサルやネズミを用いた研究が盛んに行われている。臨床研究でもっとも議論が激しいのは、とりわけエピソード記憶と意味記憶の概念と定義をめぐる論争である。これと絡んで、海馬体と海馬周辺皮質の解剖学的構造と機能分化・局在の問題が浮上する。この論争の激化は1997年の、Vargha-Khademら(Mishkinらのグループ)の発表に始まる。Eichenbaumは、雑誌Hippocampusの 8 巻 2号で、Editorialとして“Amnesia, the Hippocampus, and Episodic Memory”を取り上げ、Tulving Eら(Episodic and Declarative Memory: Role of the Hippocampus, pp.198-204)、Squire LR & Zola SMら(Episodic Memory, Semantic Memory, and Amnesia, pp.205-211)、Mishkinら(Amnesia and the Organization of the Hippocampal System)によるCommentaryをまとめた。これらを読むとそれぞれの仮説の対立点と同意点を理解するのに役立つ。また、西川らの総説「エピソード記憶のメカニズム」(神経進歩 45, 171-183,2001)は、この論争の理解を非常に助けてくれる。

 

-1 海馬の解剖

 ここまでは、海馬と海馬周辺皮質として一括して扱って話を進めてきたが、ここからは、解剖構造と海馬機能の関係に話を展開する関係で、まず解剖構造の話をまとめる。海馬とその周辺及び脳内の遠隔部位との線維結合などをまとめたものとして、Lopes Da Silva FH らがまとめた総説(Physiological Reviews 70 453-511, 1990)を薦める。

海馬体と海馬傍回

側頭葉(temporal cortex)は、内側に折れ曲がって海馬傍回(parahippocampal gyrus)となり、そこからさらに丸まり込むような形で、海馬台(subiculum)、アンモン角(cornu ammonis;別名は固有海馬)、歯状回(dentate gyrus)となり終焉する。これら、海馬台、アンモン角、歯状回を総称した名前が海馬体(hippocampal formation)である(図1)。海馬体の周囲の海馬傍回は、海馬体との移行部の嗅内野(entorhinal cortex)、その外側の嗅周囲野(periheinal cortex)にわけられる。脳機能損傷患者の機能障害が、海馬体だけか、海馬傍回だけか、そのどちらも損傷されているのか、また損傷が両側性であるのか片側性かにより記憶障害にどの程度の差があるかが症例研究の上で、もっとも重要な論点となっている。

海馬体内部回路

アンモン角(固有海馬)は、海馬台に近い方から、CA1, CA2, CA3, CA4と命名されている。細胞構造の連続性から見たこの番号(1-4)と情報の流れの方向性は違う。海馬内の情報の流れを説明しよう。

嗅内皮質と海馬歯状回は、細胞構築の連続性は全くないが、立体構造的には隣接している。嗅内皮質の第2・3層細胞から出た神経線維は貫通線維束となって、この非連続構造の間にある溝をつらぬいて、直接歯状回へ投射している。皮質からの信号は嗅内皮質を出て、おもに海馬体歯状回を経て海馬内部へ送り込まれる。嗅内皮質第3層から出た神経線維の一部は、CA1へも投射している。嗅内皮質から海馬歯状回へ入った入力は、CA3領域を経てCA1領域へ至り、再び皮質へ出力する。CA1を出た出力は、海馬台と嗅内皮質の第6層に投射する。このように模式図的には、嗅内皮質から海馬に入ってきた信号は海馬を抜けてまた嗅内皮質に戻って行くのであるが、全く同じ嗅内皮質に戻るのかどうかについてはわかっていない。

この海馬内興奮伝播経路は、貫通路(perforant path)、苔状線維(mossy fibers)、Schaffer側枝(Schaffer collaterals)による3つのシナプスをふくむことからtrisynaptic circuitと呼ばれている。Andersenらは、麻酔下のウサギで海馬体の各部位を電気刺激して、海馬のさまざまな部位から集合活動電位を記録して、この基本的な興奮伝播経路を電気生理学的に検証した(Andersen P, Bliss TV, Skrede KK. Exp Brain Res 13:222-238, 1971)。その結果、神経活動はtrisynaptic circuitにそって一方向性に伝わり、伝達した神経活動が最も強く記録された部位は、海馬長軸に対してほぼ直角方向に限局していることを示した。これにより、歯状回–CA3–CA1をつなぐtrisynaptic circuitが、海馬長軸をほぼ直角方向に横断する薄板内に編成(lamellar organization ; 薄板編成)され、これらが並列に情報を処理しているという仮説(lamellar hypothesis ; 薄板仮説)が提唱されることになった。 ところが、実際にラット海馬CA3錐体細胞投射を順行性・逆行性トレーサー標識法で詳細に調べると、その軸索の分布は海馬体を3分の2ほど覆うように扇形状に幅広く広がっていた。また、嗅内皮質からは歯状回顆粒細胞のみならず、CA1、CA3錐体細胞へ直接シナプスを形成していることも示された。トレーサー法で得られた研究結果から、海馬内の神経結合はこれまでゴルジ染色法で考えられていた以上に複雑であることがわかった。それでもなお、単純なtrisynaptic circuitの概念は、海馬の基本回路として種々のネットワークモデルの基本として扱われている。

複雑な縦方向への線維の広がりと、長軸に対して直角方向に横断するtrisynaptic circuitとの関係はどのように制御されているのであろうか。海馬内神経回路の模式図の中にはいままでほとんど扱われたことのない、CA2領域とCA4領域およびhilusの機能解明に何かカギがあると考えられる。固有海馬の中で特にCA2領域は、視床下部・上乳頭体領域からの直接の投射を受けていること、また、中隔野からのコリン性入力を受けていることから、海馬外からの情報と海馬回路で処理された情報を何らかの形で統合できる解剖学的位置にある。我々の研究グループは海馬スライスを用いた研究から、CA2領域の機能に注目した。そして、歯状回とCA2領域への視床下部からの投射が、情報のゲート部位として機能しているのではないかとの仮説をたて、研究している。詳しくは、我々のこれまでの研究を解説した「海馬内興奮伝播のゲート機構」(神経研究の進歩 45 283-296, 2001)を参考にされたい。参考までに、視床下部・上乳頭体(乳頭体上核とも言う)による海馬内興奮伝播回路の制御に関する我々の仮説の模式図を示す(図2)。ちなみに、これは解剖学的線維結合の実験データ(Haglund L, et al. J Comp Neurol 229, 171-185, 1984)と、我々のスライス実験データ(Sekino Y, et al., J Neurophysiol 78 1662-1668,1997)を組み合わせて得られた仮説である。

海馬の情報処理は、異なる種類の情報の間に連合を築くことだとの考えがある。そうだとすれば、海馬の中でそれぞれ離れた位置関係にあるtrisynaptic circuitの間をつないだり、はずしたりする機構が存在するのではないだろうか。CA2領域は海馬長軸方向にCA1錐体細胞同士を結びつける役割を果たす軸索投射パターンを示している(Tamamaki I, et al, Brain Res 452, 255-272, 1988)。そのことから、我々はCA2領域には、離れたところにあるtrisynaptic circuitを連動させる機能があると考えている。

 

3−2 海馬と他の領域との線維結合

 十分に成熟したラットの脳を解剖し、海馬吻側から出ている白い線維の束を丁寧に追っていくと、中隔野へ入る神経束と視床下部の方へ向かう神経束とに分かれるのが肉眼的に確認できる。このつながりを切断しないようにすれば、中隔と視床下部がつながった状態の海馬体を摘出することが出来、海馬が前脳基底核や視床下部と解剖学的につながりを持っていることが実感出来る。海馬が「いくつもの脳部位を含むある機能をもった機能回路の一部である。」というネットワーク論的な考え方は、今後の記憶研究で重要になってくると予想される。記憶の回路と関係が深い2つの回路を紹介する。

パペッツの回路

パペッツの回路は海馬体-脳弓-乳頭体-視床前核-帯状回-帯状束-海馬傍回-海馬体という閉鎖回路で、パペッツはこの回路を情動回路と名づけた(Arch Neurol Psychiat 1937)。パペッツの回路内のどの領域でも両側性に損傷があると健忘が生ずるので、今では記憶の系として知られている。記憶を、海馬体とその周辺皮質固有の回路での情報処理で理解するのではなく、このようなネットワークの損傷として考えると、海馬に限らずに脳のさまざまな部分の損傷で記憶障害が見られるという事実を説明することが出来る。しかし逆に、ネットワーク内の損傷部位による症状に違いを説明することが難しくなる。記憶がネットワークの働きで形成されるなら、そのネットワーク内のどこが損傷しても、ほぼ同程度の記憶障害が出るはずだからである。このように、記憶の機能分化論とネットワーク論ともにそれぞれ単独では、記憶障害を完全には説明しきれない。

ナウタの扁桃体回路

扁桃体、前頭葉眼窩皮質、マイネルト基底核、視床背内側核がブローカ対角帯核を介して海馬と連絡している。扁桃体と記憶の関係を強く示唆する臨床的な証拠は強くはないらしい。しかし、証拠はまだ少ないが、この経路が情動記憶と関係していることを示す報告もある。記憶の強化と扁桃体の神経活動との関係は、先にも述べたが、最近着目され始めた。ヒトの情動記憶の研究が進むとまた新たな見解が生まれるであろう。

 

3−3 海馬体と海馬傍回の機能分化に関する論争

 エピソード記憶は海馬体、意味記憶は海馬傍回が担うという機能分化論は、1997年のVargha-Khademらの報告(Science 277 376-380,1997)に始まる。幼児期に海馬体に限局した損傷を起こした3例の成人患者を詳細に検討したところ、彼らは場所や時間の把握は出来ないし、メッセージや訪問者や約束を覚えていることも出来ないという、エピソード記憶の障害があったにもかかわらず、普通学級で読み書きを習うことが出来、なかには成績は平均レベルに達している者もした。意味記憶はエピソード記憶の繰り返しの中から共通した要素を拾い上げて成立するという考え方では、この臨床例を説明できない。そこで、海馬周辺皮質に符号化された意味記憶の情報が、その上位にある海馬で他の感覚情報を持つ情報に符号化されてエピソード記憶となると解釈された(本稿2−4、pp.5 「意味記憶とエピソード記憶」の項を参照されたい)。

 Tulvingは、情報はまず意味記憶による符号化を受けてから、エピソード記憶による符号化を受けるという、記憶の階層発達モデルを提唱していた。このTulvingのモデルにとって、Vargha-Khademらの報告はまさにうってつけであった。また、Eichenbaumのグループは機能分化論には賛成で、Vargha-Khademらの報告を強く支持した。ところが、Squireのグループは、海馬とその周辺は全体として陳述記憶の処理に関与しており、エピソード記憶だけが選択的に障害されることを疑問視している。Squireらの最近の報告(Neuron 38 127-133,2003)でも、海馬体がエピソード記憶と同様に意味記憶の獲得を支えていることを示し、海馬体とその周辺皮質の機能分化には懐疑的な立場を貫いている。

 この白熱している議論の行方は興味あるところであるが、動物実験でこの議論と同じ土俵に立てるのかどうかは、大いに疑問である。実験生理学者である我々にとっては、ネズミの行動実験から意味記憶とエピソード記憶の要素をどのように抽出すればよいのかは、大いに悩むところである。今のところ、ネズミの学習実験の結果はすべて、place cellによる認知地図の形成で説明しようとする雰囲気がある。なぜなら、これまで行われているネズミの学習行動実験のほとんどのものに何らかの形で場所の認知が関係してきてしまうからである。今後、ネズミの実験から、place cellの関与を除外してデータを解釈できる実験系も必要とされる。

 

3−4 海馬が関与しない記憶

 海馬が担う記憶については、まだまだ議論が続くであろう。その一方で、海馬は関係がないとされる記憶の種類は、ほぼ明らかになっている。まず、海馬損傷で陳述記憶が障害されても、手続き記憶の能力は衰えない。純粋な海馬性健忘症例では即時記憶は正常であることも良く知られている。また、短い期間であれば出来事は登録され、保持され再生されること、場合によってはその日のうちは覚えていられることもある(山鳥 記憶の心理学)。今のところ、手続き記憶、即時記憶、ごく近時の短いエピソード記憶、課題遂行のためのワーキングメモリーには海馬体内部回路は関与しないと考えるのが、妥当であろう。

 

4 長期増強と海馬

シナプス伝達効率は神経細胞の発火とシナプスへの入力パターンやタイミングに応じて強化されたり、弱められたりすることという仮説が古くから提唱されていた(Hebbの仮説)。実際に、麻酔下の動物でシナプス伝達効率を長期間にわたり増強させることに実験的に成功したのは、Blissら(J Physiol 232 331-356, 1973)である。記憶に重要な海馬体でシナプス伝達効率の増強が見出されたことはかなり衝撃的であったと思われる。その後スライス標本の技術が急速に発展し、摘出した海馬スライス標本でも長期増強を誘発できることが分かってからは、長期増強研究の研究者人口は爆発的に増加し、神経科学のなかでもっとも盛んな研究テーマの一つとなっている。長期増強に関わる歴史的研究を抜粋した総説がある(Benett MR, Progress in Neurobiology 60 109-137 2000)ので参考にして欲しい。膨大な研究の積み重ねにより、今では、受容体機構、細胞内情報伝達機構が明らかになってきている。長期増強の細胞内情報伝達メカニズム研究の跳躍的進歩には、これまでは電気生理学と種々の特異的作用をもつ薬物に頼らざるを得なかった研究分野に、遺伝子工学技術が導入されたことによる。タンパク質分子をノックアウトし、目的のタンパクの機能を探り、またあるタンパク分子を強制発現させてそれにより起こる変化を解析することが可能になった。

ところで、長期増強のメカニズムに関する研究には最近大きなブレークスルーがあった。長年の間、長期増強のメカニズム(特に海馬CA1での長期増強)に関しては、シナプス前終末からのグルタミン酸放出の持続的増加であるのか、シナプス後部でのグルタミン酸に対する感受性の増加であるのかが議論されていた。サイレントシナプスの存在が電気生理学的に証明された1995年までは、長期増強はシナプス前終末からのグルタミン酸の持続的放出の増加によるものであるという説の方が有力であった。その根拠は、シナプスに長期増強が起こるとシナプス電流のfailure(シナプス前終末が活動しても、シナプス後部の応答が誘発されないこと)が減少するという、量子解析(quantal anaysis)データであった。量子解析では、伝達物質が放出されれば必ずシナプス後部から電気的応答が記録されることが前提であるので、failureは伝達物質遊離の失敗を反映すると解釈された。そして、長期増強でfailureが減少するのは、遊離が増えるためであると解釈されていた。ところが、1995年にMalinowのグループ(Liao D et al., Nature 375, 400-404, 1995)とMalenkaのグループ(Issac JT et al., Neuron 15, 427-434,1995)が、通常ではAMPA受容体がないか活性化されていないシナプス(サイレントシナプス)があり、長期増強でAMPA受容体活性を持つようになることを示した。「failureの減少」は、サイレントシナプスの活性化でも説明出来ることから、それまでの量子解析によるデーターの解釈を覆すこととなったのである。その後Malinowのグループが、蛍光タンパク標識されたAMPA受容体が長期増強に伴ってシナプス後部に組み込まれる様子を可視化した(Si SH et al. , Science 284 1811-1816,1999)。これらの一連の報告により今では、「海馬CA1領域で見られる長期増強のメカニズムは、グルタミン酸AMPA型受容体電流がシナプス後部に発現することである」という所に議論が落ち着きつつある。つまり、海馬CA1領域の長期増強はシナプス後部で起こると言う説に軍配があがった形となった。今では、サイレントシナプスがアクティブになるためにAMPA受容体がシナプス後部膜に挿入される細胞内メカニズムも徐々に明らかになってきている。ちなみに、海馬CA3領域のmossy  fiberシナプスに見られる長期増強は、シナプス前終末からのグルタミン酸遊離の増加であるとされている。

シナプス伝達の長期増強は、その発現メカニズムは部位により異なる場合があるが、中枢神経系のどのシナプスにも観察される現象である。したがって、海馬で長期増強が見られるという理由からだけでは、長期増強が記憶形成の基盤となるシナプス機能であるとは言えなくなってきた。そして、長期増強と記憶形成を直接結びつける決定的な証拠がないまま、長期増強のメカニズム研究はどんどんと進んできた。長期増強と記憶の関係を直接証明することが出来ないことが、長期増強研究のジレンマであった。このジレンマから、遺伝子改変マウスが救ってくれる可能性が出てきた。種々の遺伝子改変マウスの解析が進み、長期増強と学習行動との関連についてのデータが蓄積し始めたからである。これについては、総説を2つあげておくので参考にされたい(Winder DG et al Physiology & Behavior 73 763-780, 2001; Silva AJ J Neurobiol  54 224-237, 2003)。

5 記憶研究の一番大きな問題点

記憶のメカニズム研究の抱えるもっとも大きな問題点は、実験動物で行っている研究成果をどのようにヒトの精神活動の理解へとつなげていったらいいのかということであろう。海馬シーター波は、動物でもヒトでも探索行動やREM睡眠時に記録される4-8ヘルツの特徴的律動波である。探索行動やREM睡眠が新規情報の取込みや、記憶の定着と関わっていると考えられているので、ヒトも動物も似たような情報処理を海馬で行っている可能性が示唆されている。記憶のメカニズム研究には、ネズミなどの実験動物モデルを使わなければ解明できないレベルの問題が山とある。従って、我々がこれらの実験動物モデルを使って研究する場合、自分の実験系は、ヒトの記憶のどの側面を反映しているのかをいつもよく考えておかなくてならない。そのためには、記憶がどのような構成要素からなるのかをきちんと分解して考えておく必要がある。

 

最後に

 海馬を含む側頭葉損傷患者の臨床報告がきっかけとなり、海馬と記憶の関係が注目され始めて50年過ぎた。さまざまな方面からの膨大な研究がなされてもなお、解決されない問題は多い。現在ある程度はっきりといえることは、「海馬体とその周辺皮質は、即時記憶、ワーキングメモリー、手続き記憶の形成には重要ではない。」ということと「海馬体は記憶を長期間保存している部位ではない。」ということだろう。しかし、海馬の損傷で、日常の記憶が出来なくなり、新しいエピソード記憶が形成されなくなるというのは、動かしがたい事実のようだ。いまのところの統一見解は、「陳述記憶情報を長期記憶に取り込むときには、ある一定期間海馬が機能している。」というものである。海馬が記憶形成に重要な情報処理を行っていることは、確かであり、今我々が一番知りたいことは、海馬がどんな情報をコードし、どのような活動パターンをとれば記憶が形成されるのかということである。ところで、海馬の機能を、情報の取り込み機構に関連して捉えるか、または、情報の呼び出し機構に関連して捉えるかで、実験計画、データの解釈は大きく異なると思われる。私自身は、海馬は情報の取り込み機構に関与するとの立場で実験をデザインしている。

現段階において、海馬と記憶の関係で解明しなくてはいけない問題点を思いつくまま列挙してみよう。

1.短期記憶と長期記憶にかかわる神経回路や神経修飾物質

2.取り込んだ情報コードはどのように保持されて、どのように再生されるのか。

3.ワンショットメモリー形成と、繰り返しによる長期記憶形成の違い

4.情動のはたらきによる記憶強化の神経回路と伝達物質メカニズム

5.place cell によるcognitive mapは海馬にどのくらい長く保持される記憶なのか。

6.エピソード記憶と意味記憶の分類の問題

7.エピソード記憶と意味記憶における海馬と海馬周辺皮質の機能分化論と非分化論

8.エピソード記憶における「出来事の連続性(順番)」の記憶

9.海馬体固有回路内での情報処理

10.海馬体と海馬周辺皮質との線維結合による情報処理

11.海馬周辺皮質と線維結合をもつ遠隔脳部位との相互作用

12.海馬で見られる各周波数のオシレーションと海馬機能との関係

13.REM sleepと記憶定着と海馬体神経活動の関係

14.シナプス可塑性(長期増強と長期抑圧)と記憶の関係

ざっと思いつくままあげてもこのぐらいのテーマは未解決である。

このほかに、認知・注意などこれまで大脳皮質が担うと考えられる機能との相関関係についても、やがて論じられることになるだろう。

海馬とその周辺部位は、脳内のあらゆる情報が集束する位置にあること、線維連絡は双方向性であることを考えても、海馬での情報処理が記憶に重要であることは確かである。だからといって、海馬内の神経活動だけをつぶさに調べているのでは記憶メカニズム全貌を明らかにすることはできない。海馬内ネットワークによる情報コーディングが、他の遠隔部位の神経活動によりどのように修飾されるのかを、もっと詳細に調べていく必要があるだろう。

 

 


図1 海馬の解剖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2