上毛新聞 平成18年9月18日掲載

“やわらかい脳”の仕組みを ( さぐ ) る - シナプスの柔軟性に起因-

今は、空前の“脳”ブームです。テレビ番組や書籍の多くで、脳のトレーニング法が取り上げられ、また、脳を鍛えるゲームも大人気です。特に、大人の方が夢中のようで、いつまでも若々しいあたまでいたいと多くの方が思っているのでしょう。

ところで、よく「子供のあたまはやわらく、大人のあたまはかたい」などと言いますが、あたまが“やわらかい”、“かたい”とは、いったいどういうことなのでしょうか。

脳の神経回路はコンピュータの電子回路と似ていると言われますが、コンピュータの場合、電子回路自体は使っていても変化しません。しかし、脳の場合、学習により神経回路自体が変化することが知られています。これは、脳とコンピュータの決定的な違いであり、これこそがあたまの“やらかさ”の秘密なのです。

各々の神経細胞はたくさんの手を伸ばしてつながりあい、複雑なネットワークを作っています。この“つながり部分”が“シナプス”と呼ばれる結合部位で、脳にだけある特殊な装置です。そして、あたまの“やわらかい”、“かたい”は、このシナプスの柔軟性によると、最近の脳科学では考えられています。

私たちの研究室では、シナプスが、脳の発達過程でどのように変化していくのかを研究しています。そして、赤ちゃんから子供へ発達し、また成人から老人へと変化する鍵となるシナプス内の分子「ドレブリン」を発見しました。

ドレブリンは脳の発達とともに現れてきますが、年をとると減ってしまいます。アルツハイマー病などで記憶力が落ちてしまっている脳では、ほとんどなくなってしまいます。また、記憶が盛んに行われるような脳内信号をシナプスに送ると、ドレブリンはシナプスで増えたり減ったりします。さらに、興味深いのは、青魚に豊富な栄養素のDHA(ドコサヘキサエン酸)を抜いた食事により、ドレブリンの量が低下してしまうことです。

シナプス研究は、やわらかい脳の仕組みの解明だけでなく、脳疾患の病態解明や治療法の開発、さらには、脳型コンピュータの開発など、多岐にわたる応用が期待される研究分野です。今後の発展のために、私達自身、毎朝、魚を食べて、やわらかい脳?で研究を進めています。

図の説明
シナプスの電子顕微鏡写真。神経細胞同士が結合して(矢印)、情報を伝えている。(左)
遺伝子操作により、老化しても若いときと同じようにドレブリンを発現するマウス。やわらかい脳のままでいるのだろうか?(右)


プロフィール

白尾智明
群馬大学大学院医学系研究科・高次細胞機能学・教授
1954年東京都生まれ。
群馬大学大学院医学研究科博士課程修了。
医学博士。1993年より現職
専門は、神経科学。


高橋秀人
群馬大学大学院医学系研究科・大学院教育研究センター・助手
1973年、群馬県生まれ。
群馬大学大学院医学系研究科博士課程修了。
医学博士。
専門は、神経科学、細胞生物学。